2015年12月30日水曜日

無くなったお店じゃなくて、カクテル

普段カクテルなんて飲まないんだけど、昔、石川町駅裏の某お店で時々飲んでいたカクテル。
先日行ったら、メニューから消えていて、オーダーしたら作ってくれたんだけど随分マイルドになっていて…
インターネットで調べても、当時その店で出してたレシピは無くてとりあえずここに残しておこうと。

カクテルの名前は「ブレイン」(脳みそ)
1980年代にアメリカで流行ったシューターで、オーナーがアメリカで覚えて帰って来たという事でした。
用意するお酒類は
1.スミノフ(ウオッカ Alc40%~)
2.ビーチツリー(リキュール Alc20%)
3.グレナデンシロップ(シロップ ノンアルコール)
4.ベイリーズ アイリッシュクリーム(リキュール Alc17%)
作り方は
1.冷えたスミノフをシューターグラスへ7
2.ピーチツリーを1
3.グレナデンシロップ適量
4.バー・スプーンの背にベイリーズを少しずつ垂らす

ウオッカベースで、ピーチツリーとグレナデンシロップで赤みのグラデーションをつけ(血液に見立てます)ベイリーズを少しずつ垂らすと、比重とアルコール度数の関係で脳みそのように固まって浮きます。ベースのウオッカのアルコール度数が高いほど美しく仕上がると…(下品という意見が多数w)

アルコール度数は少なく見積もって30%は越えますからシューターで一気飲みするには危険なカクテルです。ベースがウオッカなので臭いが無く、甘いリキュールとシロップを使うので飲み口がいいという厄介な代物。
まあ見た目のコンセプトがグラスに浮かんだ脳みそですから、見るのはともかく飲むのはお勧めはしません。

はんにゃ亭

本郷三丁目にあった鉄板焼き屋さん。
入口に木製の大きな般若のお面が飾ってあった。
奥に小座敷があって、他の店との共用だったなあ。そこでずっと飲んでいて終電を逃しそうになった事がある。店の人も忘れて閉店準備してた。

お好み焼き、焼きそば、イカとかをカウンターの鉄板で焼いてくれる。
おじいさんとその息子が二人でやっていたんだけど、おじいさんが店に出れなくなったのかな。
お店はそこそこ繁盛していたんだけど。

2015年12月28日月曜日

ヒップ・ホップ

品川プリンスのB1にあった広いビアレストラン。

以前、大井ふ頭海浜公園で野球だのサッカーだのやっていたんだけど、その打ち上げで1回使った。
当時は大井ふ頭の公園内にも、もんじゃ食べ放題・ドリンク飲み放題コースなんてのがある店があって、そっちも使っていたんだけど、その後、東京モノレール大井競馬場前駅や、京浜急行立会川駅まで歩くのが面倒という事で、品川で大人数が入れる店を探したのが利用し始めたきっかけ。
ウイナーズカップという2~3L入りのカップに入ったビールがあって、それをオーダーするとファンファーレとともに店員さんが拍手とともにテーブルまで持ってきてくれるという…

会社は、いろいろあってメンツも変わり、そういう事をやる人間が減って行かなくなったんだけど、大学時代の友人と3人で時々利用をしていた。

うち一人の結婚式の2次会で行こう!となって、そこで花嫁に旦那の悪行の数々を…と言うと、怖いから聞きたくないという後ろ向きで、夫婦生活をやっていく上で妥当な言葉をもらった。
それでも面白半分で話しかけては止めるという、旦那の冷や汗が止まらず、ウイナーズカップのビールが大量に消費された店。

品川プリンスホテルの改装とともに無くなってしまったけど、あのファンファーレとともにカップに入ったビールが運ばれてくるアイディア、良いと思うんだけどなあ。
食事もちゃんとしてたし。

ピカソ

石川町駅北口を降りて、真っすぐ改札を出、川沿いに右へ。
元町商店街へ行くまでにちょっとした商店街があるんですけど、以前そこに「庄や」がありました。ええ、居酒屋の庄やです。
今は三陽商会のアウトレットになっているビルの所だと思いますが、その地下にあったお店です。
スポーツバーを目指したHUBのような作りのお店だったのですが、2年あったかどうか…

関内駅周辺にエールハウスやアイリッシュパブなんかが出来る遥か前ではあったのですが、時代や場所が合わなかったのかもしれません。
今は、関内の2店舗はそれなりにお客さんは入っているようですしね。

時々伊勢佐木町の有燐堂で本を眺めたり買ったりした後で、ビールを飲んだり軽食を摂ったりしながらサッカーの試合を観ていました。

フリエ元町

横浜フリューゲルスは1998年、いや正確には1999年1月1日まで選手がピッチで闘っていたJリーグのクラブ。出資会社の一つ佐藤工業が業績不振による撤退を表明(後に破たん)、残った全日空だけではクラブを支えられないと、1999年シーズンから横浜にあるもう一つのJリーグのクラブ 横浜マリノスと合併し、歴史の幕を下ろしました。

そのクラブのオフィシャルショップがあったのが横浜の元町。
店の名前は「フリエ元町」と言いました。
石川町駅北口を降りて、真っすぐ改札を抜け川沿いに右折して少し行くと元町の象徴であるフェニックスのアーチがある交差点。その先から元町商店街です。
すぐ右にあるビルに、昔はマクドナルドの日本100号店がありましたが、その2つくらい隣のポーラビル(今は1階に上島珈琲が入っているビル)その2階にオフィシャルショップがありました。

階段を上ると物販スペースで、奥のイベントスペースでは時々パブリックビューイングをやっていま
した。
1998年は日本が初めてワールドカップに出場した年で、フリューゲルスからはキャプテンの山口素弘選手がメンバーに選ばれています。ワールドカップの行われたフランスから帰ってきてクラブが無くなるという噂を聞かされるなんて悪夢以外の何物でもなかったでしょう。

私もフランスまで行っていたのですが、その際にグッズを購入したのが最後。お店はチーム解散より一足先に撤退してしまいました。
右の写真は、その時に買った記念腕時計。
日本が入ったH組の対戦相手と対戦日が入っています。

元町商店街と言えば、日本でも指折りの店舗維持費が高い場所と言います。家賃もそうですが、ブランドを維持するための商店会費もバカにならないとか。
そこにあの広さで、決して人気チームであったわけではない(個人的には好きでしたけど)フリューゲルスのオフィシャルショップは無理があったんだよなと話した覚えがあります。

マリノスとフリューゲルス。2つのJクラブがあった横浜は、中区では伊勢佐木町商店街がマリノス、元町商店街がフリューゲルス推しという色分け。
マリノスのオフィシャルショップは、(これも今は無きになってしまった)マリノスタウンが出来る前は関内駅前のセルテにあったと記憶しています。

2015年12月22日火曜日

かめせん

横浜は中華街の近所で、比較的続いているよねと言われたラーメン屋さんだったけど、9月に閉店したという情報が…

石川町の北口から元町方面へ歩いて、元町入口の信号を渡って元町に入らず左折。西の橋を横浜中央病院方面へ渡り、信号を越えた右。介護用品店と、かばのおうどん。
左に曲がると恵びす温泉にMINTON HOUSEで、その先は中華街。
曲がらずにその先のはんこ屋さんの隣あたりにあった。

もともと通っていた某ワインバーのお客さんが、あそこのねぎ焦がしラーメンが美味しいという話をしていて、時々通っていたんだけど。
基本はとんこつで、なぜかラクサとかもあったなあ。(食べなかったけど)
時々食べたくなる感じのラーメン屋さんだった。
定休日はあったはずだけど、比較的不定休な感じで、行ったら閉まっていたこともしばしば。どうせ帰り道だし、中華街の近所だけに食べるところには困らなかったわけだけど。

あのお店でインパクトがあったのは替え玉かな。
普通は麺だけで来るものだけど、一度頼んだら具なしの素ラーメンで、丼ごと来た時には驚いた。

しかし、本当に閉まったのかなあ…以前、病気で何カ月か閉めてた事があるんだよな。
今度行ったら確認してみよう。
それくらいあやふやなお店だった。

2015年9月27日日曜日

インドネシア ラヤ

このブログを始めて、某元新橋住人に「どこかあったっけ?」って訊いたら出て来たお店。
昔、赤レンガ通り(だったと思う)を芝公園方面にちょっと行った所に建物があった。
自分が行った事があるのは20年くらい前かな。
内装も料理も本格的なエスニックだった。
渋谷で飲んだくれて、脚を骨折したその住人が、何かと世話を焼いてくれた近所の幼馴染の女性と一緒に食事をするのに何故か自分も一緒に居たと言う…
銀座のコリドー街にも店があったけど、そっちも今はないと思う。

2015年9月23日水曜日

未八

東麻布に勤務してた頃にランチで使っていたお店の一つ。
大学出たての新入社員で、給料もそんなに無かったけど、お付き合いでぼちぼち食べに行ってた。
しばらく前に行った時は、看板そのままで空き店舗っぽくなってた。
おばちゃん二人くらいでやってたランチ中心の店。
なんで急に思い出したのかと言えば、長岡行った時に洋風かつ丼を食ったから。
新潟に住んでても食う機会なんて無くて、その店で初めて食べたと言う…
思えば店の人、長岡と縁のある人だったのかなあ。

店は港法務局より赤羽橋側の小路を入ったところ。麻布郵便局からだとの狸穴坂下って、二つ目くらいの小路を左だっけ?大雑把に言えばロシア大使館の裏。そんな場所にあった。

2015年9月15日火曜日

サイゴン料理 ミュン

 本郷三丁目交差点春日通りの春日側のビルで移転をしていたけど、何年か前に無くなっていた。
 行き始めた頃はランチ500円で鳥カレー(スープカレー)が食べられたんだけど、最後にあった場所に移転した頃には600円になっていた。
 骨付きの鶏肉と、ゴロゴロした人参やジャガイモ、玉ねぎが程良く煮込まれていて美味しかった。
 行き始めた頃の店舗じゃ、カレーがスパイシーで辛くて苦手ってヤツもいたけど、だんだんマイルドになって行った。
 もちろん他の料理もあって、生春巻きなんかは女性に大人気だったな。

 池袋にもあったと思うんだけど、そちらも無くなっているみたい。

ふな萬

 本郷三丁目交差点にあった定食屋さん。
 かつ丼が美味かった。
 あの辺は老舗が多いけど、この店も昔からあるんだろうなという雰囲気を醸し出していた。
 建物はまだ残っているけど営業はしていない。

 この店の向かいに夏目漱石の小説にも出てくる藤村って羊羹屋さんがあったんだけど、こちらも営業してない。

Bar Traffic

 初め新山下にあって店主の病気で休業、松陰町へ移転した後閉店。

 新山下時代はいろんな人がいて楽しかったけど、松陰町は石川町駅に近いとは言え常連さんたちの導線ではなかったし、場所柄、人が寄りにくい所だった。店のデザインも変わって…
 新山下時代、クリスマスイブ。帰り際1時過ぎに寄ったら、お客さんが3人くらいみんなオムライス食っててビビった事があるw
それでも一人ジェイムソンのロック飲んでたら、クリスマスケーキを持ち込んできたお客さんがいて、みんなで食べたと言う…
 お客さん二人でギターライブ始まった事もあったな。
 でも圧倒的に多かったのは、店主と一緒に酒飲みながらテレビ見てて、ここは自宅のリビングかというケース。
 自分的には本当に思い出深い店。

 新山下時代の場所は新山下1丁目。MEGAドンキホーテの先、ラーメン屋さんの向かい側で、今はALCというバー。こちらも良い店です。
 松陰町の場所は、ラーメン鹿島屋とマイバスケットの間の小路を入った所で、今はカラオケスナック。

2015年9月14日月曜日

Bar 光と影

 この店が閉店したのは今年に入ってからだろうか。
 TVKのすぐとなり、角地の路面店で、家賃高いだろうなって思っていた。
 もともとオーナーがバーテンドレスで、カウンター2人、キッチン1人くらいで回していた店。
閉店時はバーテンダーが1人でやっていた。
 この店は、元町のBar Enと同じ年の開店だとか。
 Enは去年一杯で移転。現在は新店舗で営業中だけど、こちらは残念ながら閉店。

 ビルの1階なんだけど、入口が細い通路になっていて着き当り左に8席くらいのカウンター。右には包み込まれるようなイメージの4人ソファー席が2つ。うち一つは個室っぽい作りだった。
 下の写真は入口のドアと、カウンターの右奥にあたる所にある細い長方形に仕切った窓。
窓のすぐ内側は、小上がりになっていたんだろうけど、物置になってたな。
 中のインテリアは随分凝っていた。
 椅子はソファーで、天井が高く感じられて、のんびり落ち着ける。
 ドリンクはウイスキー、スピリッツはノーマルなものがほとんど。竹鶴がキープできた。
 その他に日本酒や焼酎が置いてあって、これは独立したもう一人のバーテンドレスさんの趣味だったらしい。
 店の通路側のコンクリート打ちっぱなしの壁に、先日亡くなった柳原良平さんが来店時に直接描いたというオーナーのイラスト。
 フードがしっかりしていて、夕食を食べに寄る事もあったな。

場所は横浜市中区。弁天通りのTVK本社のすぐ先だった。 
 7月に寄った時は、次の店が決まったのか、ちょうど改装中だった。
写真はその時のもの。
 
一時、月木BARって和服着てやってたな…

アイリッシュハウス

 新橋のSLのすぐ裏のビルの2階にあったお店。
 結構昔から生ギネスが飲めて、バスやキルケニー、ヱビスなんかも美味しく飲ませる。
 フィッシュアンドチップスやマッシュポテトも美味しくて電通が新橋に越してきた頃なんかは一杯で入れない事が多かったほど。
 ビルのオーナーが代わって閉店したという話。
 新橋の取引先の女の子と待ち合わせした時に「私、東京に出て来て初めて入ったお店がここなんですよ」って言われてびっくりしたな。

ストーンヘンジ

 ニュートーキョー系のお店で、横浜も高島屋の地下にあったけどこれは内幸町にあったお店の話。
 入口の自動ドアが石の扉に模してあって、初めて入る人は結構「おお~っ」てなってた。
 広いお店で、暗めの照明で、女の子が水割りを作ってくれて、ウイスキーのボトルキープが出来るっていうと高そうだけど、そうでもない。当時新入社員の自分でもボトルキープできるくらいの値段。(ニッカのピュアモルトだけど)
 かた焼きそばやピザあたりをよく食べていたかも。

 今は、さくら水産の新橋一丁目店。

グレート ジャーマン クック (GGC)

 新橋駅前の日比谷通り側。SL広場の脇にあるニュー新橋ビル。今は再開発にかかるきな臭い話があるらしいけど、そんな話が影も形もない頃、地下1階におじいさんとアルバイトの若い女の子二人でやっていたビアパブ。
 スーパードライがエラく安くて、虎ノ門にあったkiki's pubというダーツバーのアメリカ人店主が、うちも安いけどここには負けると言ってた。(その店も再開発で無くなってる)
大ジョッキ800円だったかなあ。
 GGCは、同じ名前の店がいくつかあって、蒲田の店に行った事もあるけど、雰囲気が全然違う。あの古いビルの地下の飲食店街の何とも言えない雰囲気は別格だった。
 今は中国系の女の子がいる居酒屋さんになっている。

炭屋 

 東横線がみなとみらい線直通になって東横線桜木町の駅が無くなったのと前後してなくなったのかな? 
 久しぶりに食いに行こうと思ったら閉店していてびっくりした。
 あの出来事で、野毛は寂れるのかと思ったけど、むしろ頑張ってる感じがする。何店舗かは、確かに変わったけどね。

 この店の後は、ホルモン焼き屋さんになっている。
 焼鳥屋さんだったんだけど、料理にこだわりがあって結構手の込んだ料理を出していた。
 ドリンクがちょっと残念で、飲みに行くぞって時には第一候補にはならなかったのが残念。
 GoogleMapで確認したら、ビルの名前はまだ炭屋ビルなんだね。

 あった場所は横浜市中区花咲町1丁目47-3

カクタス

 昔、今の六本木ミッドタウンに防衛庁があった頃、そのすぐ近所の会社で働いていた。
防衛庁内の食堂(一般の大食堂と士官用のちょっと高めの食堂があったなあ)も懐かしいけど、そっちは市ヶ谷へ移転したんでしょうしセキュリティの問題で入れなくなってるんだろうなって事で、このブログの対象外。

 その外苑東通りを挟んで向かい側にあった、老夫婦でやっていた10人も入れば一杯になる小さなお店。
ランチ営業メインのお店で、チキンライス・オムライスが看板メニュー。カウンターの向こうには小さな鉄のフライパンが沢山掛けてあったなあ。
スタミナとか、ぷるぷるとかよくわからないメニューもあったけど、個人的にはチキンライス大盛りがデフォルト。
 大好きだったけど、会社の移転とともに行けなくなり、いつの間にか無くなっていた。
 あそこのチキンライス、未だに最強だと思ってるんです。
 近所に映画評論家の故小森和子さんのバーがあって、たまに飲みに行ってたなあ。

場所は六本木7丁目あたり。今は跡形もない。

このブログについて

 このブログは、東京(主に六本木、新橋界隈)、横浜(山下町、野毛界隈)で飲んだくれていたブログ主が、ああこの店無くなっちゃったんだなんて郷愁と一応記憶に止めておこう、知っている人とブログを通して交流できたらいいなという趣旨でやっていこうと思います。
 このブログを読んで“ああ知ってる”“あのお店、今こうなってるよ”って思ったらコメントをつけてみてください。盛り上がれるかも…しれません。